「旅立ちの唄」の歌詞から学ぶ

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「旅立ちの唄」の歌詞から学ぶ歌詞解釈

Mr.Children「旅立ちの唄」の歌詞の意味と解釈を書いて行きます。

歌詞全体の解釈

まずはこの曲の歌詞全体の解釈から。

歌詞全文はこちらを参照(J-Lyric.net様)

 

大切な人との別れを描いた歌詞です。

ですが、別れの歌、ではなくて旅立ちの歌です。これは詭弁でも言葉遊びでもなくて、生き方の違いです。ここ大事。

別れはお互いの旅立ちであり、旅立つためには別れも漏れなくついてきます。“別れ”と“旅立ち”、どちらの要素が強いと考えるか、これはまさしく生き方の違いです。

この歌詞の主人公は、“君”と別れる場面にいるようです。この“君”が恋人なのか親友なのか、家族なのか、はっきりとはわかりませんが、そこはあまり大きな問題ではありません。

大事なのは、“君”を思うことで主人公は支えられ、自分らしく生きていけるということ。そんな関係性のある人物と出会えたということです。

歌詞の深読み

ここからは歌詞を抜粋し、独自解釈の深読みをしていきます。

 

君の大好きだった歌 街に流れる
それは偶然が僕にくれた さりげない贈り物
<出典>旅立ちの唄/Mr.Children 作詞:桜井和寿

ここでは主人公の“僕”はすでに“君”との別れの場面を終え、離れて生活していることが読み取れます。

“君”の大好きだった歌が偶然流れたのを耳にした“僕”はそれを贈り物だと感じました。なぜそんなふうに感じたのか。

それは、“君”のことをふと思い出すができ、それで背中を押されるような、自分もがんばらないといけないという想いを抱かせてくれたからです。

離れたところで、“君”もきっとがんばって生きている。だから僕もきちんと生きなくては。“僕”にとって“君”という人物の大きさを感じ取ることができるフレーズです。

 

Ah 旅立ちの唄
さぁ どこへ行こう? また どこかで出会えるね Ah
とりあえず「さようなら」
<出典>旅立ちの唄/Mr.Children 作詞:桜井和寿

この部分の最後のフレーズ、最初に聞いたときにとても印象的でした。

とりあえず、今は互いに旅立たないといけないから、「さようなら」をしておこう。

また必ず会えるという確信と、別れではなく旅立ちなんだという主人公の信念が滲み出ていますよね。

 

自分が誰か分からなくなるとき君に語りかけるよ
でも もし聞こえていたって返事はいらないから…
<出典>旅立ちの唄/Mr.Children 作詞:桜井和寿

この部分の歌詞でも、主人公にとって“君”の存在の大きさが感じ取れます。

現代ではいろんな生き方が選べるし、いろんな価値観が普及しています。ただ毎日をいつものように過ごしているだけのはずなのに、ふと自分はどうしないといけないんだ?と立ち止まってしまうことは多々あります。

そんなときでも、“僕”には解決策があると言います。“君”を頭に思い浮かべて語りかけることで、脳内“君”が進むべき道のヒントを答えてくれるのです。

そして、もし“僕”からの語りかけが聞こえていたとしても、返事はいらないという気持ちでいます。“君”を思い浮かべることができて、進むべきヒントを教えてくれれば、もうそれで充分だという心境でいるのですね。

 

今が大好きだって躊躇などしないで言える
そんな風に日々を刻んでいこう
どんな場所にいても
<出典>旅立ちの唄/Mr.Children 作詞:桜井和寿

別れがあって出会いがあって、失ってしまっては手に入れて…。そんな毎日だけど、その度に「今が大好きだ」という気持ちでいられたら、確かにこれは最高の人生の送り方ですよね。

最高ならば、素直にその生き方を目指そう。お互いにどんな場所でどんな状況でいるとしても。

とてもシンプルな考え方だし、前向きなフレーズです。

 

Ah 旅立ちを祝い歌う最後の唄
僕は今手を振るよ Ah
悲しみにさようなら
<出典>旅立ちの唄/Mr.Children 作詞:桜井和寿

この部分の歌詞も印象的で大好きです。

別れの歌というは、このような捉え方もできるんですね。とてもポジティブです。

手を振って別れるのは、相手自身とではなくて、そこに現れる悲しみとなんだという考え方も書かれています。

やはり、同じ時間を生きて人生を送って行くのなら、ネガティブよりポジティブな気持ちでいたいものです。その方が見えるものが多いし、結局得をするような気が僕の経験上はします。

 

背中を押してるから
でも返事はいらないから
<出典>旅立ちの唄/Mr.Children 作詞:桜井和寿

最後の歌詞です。

“僕”が困ったときには“君”に助けてもらう。反対に“君”が困ったときには“僕”が背中を押す。しかしこれは、離れているから実際に物理的なものではありません。互いに脳内でのやり取りです。

でも、2人にとってはそれで充分なのです。だから“僕”は「もし僕が背中を押していることを感じてくれれば、もうそれで返事なんかなくてもいいよ」という思いでいるワケですね。

親友なのか、恋人なのか、あるいは家族なのか。いずれにせよ、この2人の絆の強さをうらやましく感じてしまいます。

 

学びの一言

自分の進むべき方向を示してくれる人がいれば、例えその人と離れていてもブレずに自分の生き方を貫いていける。

その人とは、自分の親かもしれないし、友人かもしれない。恩師かもしれないし、恋人かもしれない。

人生は選択の連続だし、どうしたらいいか迷うことも多いものですが、「こんなことをしたらあの人ならなんて言うか」と考えることで、自分の生き方を微調整したり背中を押してもらえたりするものです。

例えそれぞれの人生の都合で離れてしまったとしても、その人が示してくれるものは変わりません。むしろ、離れているからこそ、その影響は強くなるのかもしれませんね。

そんな人に出会えたことに感謝して、ときにはこちらもその人の背中を押してあげる。近くにいなくても、そんな関係で互いの人生を進むことができたら素敵ですよね。

 

▼「重力と呼吸」までの“全曲”詩集。冒頭の桜井さんの作詞に対する熱い想いが超貴重です。

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