Mr.Children「しるし」の歌詞の意味と解釈を書いて行きます。
歌詞全体の解釈
まずはこの曲の歌詞全体の解釈から。
「愛し合っている男女が何らかの事情で離れることになってしまった」というシチュエーションの歌詞ではないかと僕は解釈しています。
正直、解釈がとても難しかった曲です。お互いに想い合っている男女の歌とも思えるフレーズもあれば、別れをにおわせるフレーズもあります。そこで、シンプルにこの2つを併せ持つシチュエーションではないかと考えたのです。
どちらか、あるいはお互いの仕事の都合で一緒に暮らせなくなってしまうとか、その辺ではないかと思っています。
いずれにしても、主人公の“君”に対する想いが非常に大きく深いものであることが伝わって来ますよね。しかし、やっぱりどこか寂しい未来が待っている気配…。
「ダーリンダーリン」と呼びかける心の声は、その未来(運命)に抗いたい気持ちがあふれ出したものではないでしょうか。
歌詞の深読み
ここからは歌詞を抜粋し、独自解釈の深読みをしていきます。
最初からこうなることが決まってたみたいに
違うテンポで刻む鼓動を互いが聞いてる
<出典>しるし/Mr.Children 作詞:桜井和寿
違うテンポの心臓の音を聞いている、これは2人が抱き合っている状況を示しています。抱き合っているから、相手の心臓の音が聞こえるんですね。
そしてその鼓動のテンポが違うという事実は、いくら愛し合っていても所詮2人は別々の人間だということを主人公に訴えてきます。
この歌い出しの歌詞は、2人の未来を暗示する役割を持っているのです。
どんな言葉を選んでも どこか嘘っぽいんだ
左脳に書いた手紙 ぐちゃぐちゃに丸めて捨てる
<出典>しるし/Mr.Children 作詞:桜井和寿
今の自分の気持ちを伝えるのに、どんな言葉を使うといいのか。そんなことを考える主人公ですが、どれもしっくりこない様子。
左脳は論理的な思考を担当する部分。主人公は伝えるべき言葉を論理的に筋道立てて考えているのですが、これこそがうまくいかない原因だと思われます。
対して、感情や感性を担当する右脳の方では、「大好きだよ」「離れたくないよ」といった本心があふれているのでしょう。それを抑えることだけで左脳はフル稼働してしまっているのだと思います。
ダーリンダーリン いろんな角度から君を見てきた
そのどれもが素晴らしくて 僕は愛を思い知るんだ
<出典>しるし/Mr.Children 作詞:桜井和寿
“君”と過ごしてきた時間のなかで、主人公は彼女の外面も内面も、いろんな角度から見てきました。そのどれもが今でも鮮明に思い出せるのでしょう。
そして、そんなふうに彼女のことを見てきた事実と、それらの記憶が鮮明に思い出せる自分は、心から彼女のことを愛しているんだなと主人公は実感しています。
「半信半疑=傷つかない為の予防線」を
今、微妙なニュアンスで君は示そうとしている
<出典>しるし/Mr.Children 作詞:桜井和寿
この歌詞までは、主人公の大きな愛と、“君”もその愛に応えているという関係性が書かれているのですが、この部分でガラリと状況が変わります。
“君”が「傷つかない為の予防線」なんかを張る必要があるということは、彼女にとって心が傷つくようなことが迫っているということ。
ここではそれが何なのかまったくわかりませんが、あとの歌詞で少しずつ推測することができます。
面倒臭いって思うくらいに真面目に向き合っていた
軽はずみだった自分をうらやましくなるほどに
<出典>しるし/Mr.Children 作詞:桜井和寿
主人公は今、自分と彼女の未来について、真剣に考えるような状況にあることがわかります。
それまでは軽はずみとも言えるくらい、自分1人で自由に生きてきたり、彼女と付き合うようになっても単純に「楽しい」「幸せ」という気持ちだけでいたのでしょう。
そんなころの自分やそのとき置かれていた状況がうらやましくなる気持ちでいるのです。それだけ主人公にとっても心のつらさを伴う状況がすぐそこまで来ているということですね。
ダーリンダーリン いろんな顔を持つ君を知ってるよ
何をして過ごしていたって 思いだして苦しくなるんだ
カレンダーに記入したいくつもの記念日より
小刻みに 鮮明に 僕の記憶を埋め尽くす
<出典>しるし/Mr.Children 作詞:桜井和寿
2番のサビです。ここからも、思い出して苦しくなるということから、やはり2人にはつらい未来が迫っていることがわかります。
そんなときに頭に浮かぶのは、いろんな顔をした“君”。そしてたくさんの思い出。これらが頭の中を占領するほど湧き上がってきています。
そんな思い出があること自体は幸せだけど、その分苦しさにも苛まれてしまっているのです。
泣いたり笑ったり 不安定な想いだけど
それが君と僕のしるし
<出典>しるし/Mr.Children 作詞:桜井和寿
タイトルの「しるし」という言葉が出てきました。2人が2人一緒にいた“しるし”は、これまでの笑った記憶や泣いた記憶、またその間にある不安定な気持ちだと主人公は捉えています。
記憶や気持ちが“しるし”ならば、それは時が経っていつまでも消えることはないものでしょう。
共に生きれない日が来たって どうせ愛してしまうと思うんだ
<出典>しるし/Mr.Children 作詞:桜井和寿
最後のこのフレーズでいよいよ核心に触れます。2人は一緒にいられなくなってしまうという運命を示すフレーズです。
しかし同時に、“君”を愛する気持ちは離れないだろうと主人公が考えていることが示されています。
クライマックスに来てのこの主人公の心境、胸にくるものがあります。
学びの一言
好き合っていても離れなければならないこともある。そのときに自分の愛の深さに気づく。
記事の冒頭で、僕はこの2人は仕事の都合か何かで離れることになったのでは?と書きました。それ以外にも、もっとドロドロした理由だったり、余命を宣告されているなどのヘビーな理由だったりするかもしれません。
いずれにしても、実際にそうなった場合、どんなことを考えるかによって自分の愛の深さが決まってくるのかもしれないと、そんなことを考えさせられました。
歌詞にもあるとおり、心の声は誰が聞くこともありません。だからこそ自分1人だけが自分の愛の深さに気づけるのです。
自分がどんな想いでその相手と向き合っていたか。それに気づくことができるのは案外、相手を失いかけているときなのかもしれません。
▼「重力と呼吸」までの“全曲”詩集。冒頭の桜井さんの作詞に対する熱い想いが超貴重です。
コメント
父親が息子にあてたメッセージにもきこえます。
心の声は君に届いているのか、色んな角度から君を見てきた。
子供を思い気に掛けているが、上手く伝えることが出来ないもどかしさ、切なさを感じます。
佐藤健人さん、コメントありがとうございます!
なるほど、そういう聞き方もできますね。僕も一児の父なので、共感というか、納得感があります。
もう少し大きくなった子どもに対してってイメージでしょうかね。
名曲すぎる
風さん、コメントありがとうございます!
まさに名曲、ですよね。
前半は母から子へ
後半は父から子へ向けた歌詞だと思います。
我が子への想いを代弁しているかのように同じ想いです。
kaoさん
コメントの確認・承認が遅くなってしまい、大変申し訳ありませんでした。
「我が子への想いを代弁している」という解釈、とても納得できますし、素敵です!
また遊びにきてくださいね。